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大阪地方裁判所 昭和57年(わ)4689号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、藤原昭治及び押部光男が共謀のうえ、けん銃については法定の除外事由がないのに営利の目的で、けん銃用実包については大阪府公安委員会の許可を受けないで、昭和五七年六月三〇日、タイ国バンコク空港からタイ国際航空六一〇便航空機に、回転弾倉式けん銃二二丁及びけん銃用実包三〇〇発をパイナップル入り段ボール箱内に隠匿したうえ積み込んで搭乗し、同日午後七時一五分ころ、大阪府豊中市螢池西町三丁目五五五番地所在の大阪国際空港に着陸した右航空機からこれを取りおろし、もって右けん銃及び実包を輸入するとともに、そのころ、同空港内の大阪税関伊丹空港税関支署旅具検査場において、右けん銃二二丁及び実包三〇〇発を前記段ボール箱内に隠匿所持したまま通過して不正の行為によってこれに対する関税合計八万九四四〇円を免れようとしたが、同税関支署係官に発見されたため、その目的を遂げなかった各犯行に関し、これに先立って、同年五月下旬、タイ国バンコク市内において、前記藤原からけん銃及び実包を同地で買い入れ、これを日本へ密輸入して売り捌く計画をもちかけられ、協力を求められるや、自己が執行猶予中の身であったことからその実行担当者になることはできないと考え、自己と懇意で、ともに観光のため同地に赴いていた前記押部に対し藤原の話を聞いて相談に乗ってやってほしい旨申し向けて両名の間を取り持ち、右両名間でけん銃密輸入の話合をする機会をもうけ、その結果押部において日本への運び役を担当することなどを内容とする謀議が成立し、更に、帰国後の同年六月二〇日ころ、藤原から融通手形の割引・換金方を依頼されるや、右けん銃等の買付資金などにあてるためのものであることを知りながら、自己が懇意にしていた神戸市兵庫区所在の金融業者に右手形を持ち込んでこれを割り引かせたうえ、その割引金の一部約二四〇万円を押部を介して藤原に交付し、更に、同人らがけん銃等密輸入のためバンコク市へ渡航するためのものであることを知りながら、同月二三日及び二五日の二度にわたり、同人らのため神戸市中央区所在の旅行業者に航空券を手配してやるなどし、もって右藤原に利益を得させる目的で、同人及び押部が共謀して行った前記各犯行を容易ならしめて、これを幇助したものである。

(証拠の標目)《省略》

(共同正犯の訴因に対して幇助犯を認定した理由)

一  検察官は、被告人は、藤原昭治及び押部光男との間で判示けん銃及び実包の密輸入並びに関税逋脱未遂の各犯行につき共謀を遂げていたものであって、共謀共同正犯としての罪責を負うべきである旨主張し、その理由として被告人は、右藤原から、けん銃等を密輸入し、これを売り捌いて得た利益を山分けにする話を持ちかけられ、これに同意したものの、自己が執行猶予中であって表立った行動ができないことから、配下の押部に協力を求め、同人を運び屋に仕立てたものであり、また、藤原が入手した融通手形に裏書きしたうえ知り合いの金融業者に割り引かせてけん銃買付資金を捻出するなど本件密輸入について主謀者的な立場で関与していたものである旨陳述する。

二  そこで、被告人について共謀共同正犯が成立するかどうかを検討するのに、《証拠省略》によれば、先に「罪となるべき事実」の項で認定判示した事実のほか、以下の各事実が認められる。

1  被告人は、暴力団忠成会内因幡組の組長であって、同会の幹事長補佐(若頭補佐に当る)の地位にあり、他方、藤原は、同会内二代目中野組々長であって、同会の理事をしており、同会内の序列では被告人より藤原の方が高い地位にあったものである。また、押部は、被告人の古くからの友人で、因幡組の相談役的な立場にあったものであるが、被告人の配下としてその指示・命令に従わなければならないような立場にあったものではない。

なお、被告人は、昭和五四年一一月三〇日神戸地方裁判所において犯人蔵匿罪により懲役一年、執行猶予三年の言渡を受け(同年一二月一五日確定)、本件当時その執行猶予期間中であった。

2  被告人と藤原は、昭和五七年四月三〇日から同年五月四日までの間、バンコク市へ観光旅行に赴き、同市内の水上マーケットにおいて、けん銃が一丁につき日本円にして約七万円で比較的簡単に入手できることを知った。

3  その後、被告人は押部を、藤原は二代目中野組の舎弟である小東環をそれぞれ伴って四名で再びバンコク市へ観光旅行することになり、被告人、藤原及び小東の三名は、同年五月二一日、パスポートの下付が遅れた押部を一人残してバンコク市へ赴き、同市内のインドラホテルに止宿して押部が来るのを待っていたところ、同人は、同月二六日になってバンコク市に到着し、以後右四名は、同月二九日までの間、同ホテルに宿泊した。

ところで、藤原は、前記のように同市内のマーケットで比較的簡単にけん銃等を入手することができることから、これを多量に買い入れて日本に密輸入し、売り捌いて利得することを計画し、右滞在中、同ホテル内において、被告人に対しその計画を打ち明け、協力を依頼したところ、被告人は、右依頼の趣旨が自己に密輸入の実行担当者、すなわち「運び屋」になることを求めているものと理解し、執行猶予中の身であることから、そのような危険な役割を引き受けることはできないと考え、その旨返答するとともに、そのかわり一足遅れて到着していた押部を藤原に引き合せることにし、押部に対し「藤原が儲かる話があると言っているが聞いてやってくれるか」などと申し向けて右両名が話し合う機会を作り、右両名が同ホテル内で話し合った結果、押部は運び屋になることを承諾し、ここに右両名間でけん銃等密輸入についての共謀が成立した。一方、被告人は、忠成会内で自己より高い地位にある藤原から協力を依頼された手前、やくざとしての義理があり、同人に対し無下に非協力的な態度をとるわけにはいかないと考え、運び役は別として、その他の面で同人の要請があればある程度は協力するつもりでいた。

4  被告人は、右バンコク旅行から帰国した後、同年六月初めころから中旬ころにかけて、藤原から頼まれて、同人と押部が会うため押部に連絡をとってやったりしていたが、同月二〇日ころ、藤原から、同人振出の約束手形と交換で國嶋文雄から額面三七〇万円の約束手形を融通のため振り出してもらったので、これをどこかで割り引いてもらってほしい旨依頼され、これがけん銃等の買付資金などに使われるものであることを知りながら、自己の妻のおじが経営している神戸市兵庫区所在の金融業者山善企業株式会社に右手形を持ち込み、これに裏書をしたうえ割引を依頼し、同社において右國嶋の信用調査をしたうえ三一九万六八〇〇円で割り引くこととなり、同月二三日、被告人が同社から右割引金を受領した。

ところで、藤原は、右のとおり、けん銃等の密輸入に要する資金を調達する方法として他から融通手形を入手し、これを金融業者に割り引いてもらうことを考え、知人の大橋義弘を介し、以前屋久杉の家具を売ったことのある國嶋に依頼して自己振出の手形と交換に融通手形を振り出してもらったのであるが、これについて被告人がどの程度関与していたのかは証拠上必ずしも詳らかでない。すなわち、被告人(昭和五七年一〇月六日付)及び藤原(同月五日付謄本)の検察官に対する各供述調書中には、同年八月下旬に被告人が入っている頼母子講から約三〇〇万円を引き落せることになっていたので、これを藤原が國嶋に宛てて振り出す約束手形の決済資金にあてることにした旨の供述記載があるが、被告人の司法警察員(同年一〇月六日付)に対する供述調書中には、被告人が講元になっている頼母子講から約三〇〇万円を引き落せることになっていた旨の供述記載があり、被告人が講元であったのか、あるいは単なる講員であったのか供述が一致していないばかりでなく、被告人及び藤原(第四回公判調書中の供述記載)の公判廷における供述によると、当時被告人は頼母子講の講元をしていたが、既に講金を引き落していたのであり、これに対し藤原は右頼母子講に講員として加入していていまだ講金を引き落しておらず将来これを取得する可能性があったというのであり、他に客観的な証拠がない以上右公判廷供述を一概に否定することができず、前記各手形の支払期日である同年八月下旬に講金を取得しうることになっていたのが被告人なのか藤原なのかについて確定しえないので、結局右手形の交換に際し支払期日を定めるについて被告人がどの程度関与していたのか、更には藤原が振り出した手形の決済について被告人の資金を拠出することが予定されていたのか否か、疑問があるといわざるをえない。また、被告人は前記山善企業株式会社に割引を依頼した前記國嶋振出の手形に裏書をしたのであるが、同社は右國嶋につき信用調査をしたうえでこれを割り引いたのであって、被告人の縁故及び信用だけで割引がなされたのではないこと、右手形には藤原も裏書をしていること、右山善企業は被告人及び藤原が所属する忠成会と深いつながりのある金融業者であり、他方、被告人は右國嶋と面識がなかったことなどに鑑みると、被告人だけが右手形を決済する事実上の責任を負うつもりでいたとは容易に考えられないところである。

5  被告人は、同年六月二三日、藤原に対して前記融通手形が割り引かれた旨連絡するとともに、先の二回のバンコク旅行の際同人に立て替えてやった航空運賃合計約五〇万円を右割引金から差し引かせてもらいたい旨申し入れて同人の了承を得たが、同人から、同月二五日出国、同月三〇日帰国の予定で同人と押部の航空券を買い、残金は押部に託けるように言われて、神戸市中央区所在の旅行業者に二人分の航空券を手配したうえ、押部に対し、右旅行業者の店に航空券を取りに行くことと出発前に被告人方に立ち寄るべきことを連絡した。

そして被告人は、同月二五日、押部に対し、藤原に渡してくれと言って、前記融通手形の割引金約三二〇万円から前記立替金と航空券代を差し引いた約二四〇万円を託けたが、同人が出発時刻に遅れて予定していた航空機に藤原ともども乗ることができなかったことから、同日、藤原からの依頼に基づいて再び前記旅行業者に航空券を手配し、翌二六日の航空券が取れたので、翌日は押部が再び出発時刻に遅れないように配下の者をして押部を大阪国際空港まで送らせた。

6  藤原と押部は二六日バンコク市に到着したが、同市でのけん銃等の買付は藤原の依頼を受けたパンツと称する現地人のガイドがあたり、同月二九日までの間に、けん銃二二丁及び実包三〇〇発を買い付けることができた。

7  被告人は、同月三〇日、大阪空港に藤原及び押部を迎えに出向いたが、それは同月二六日出国前に藤原からそのように言われていたうえ、同人から要請があれば密輸入したけん銃等の処置についても協力するつもりがあったためである。

8  なお、密輸入するけん銃等の数量、密輸入の具体的方法、密輸入したけん銃等の売り捌きの方法等に関しては、被告人は、藤原からほとんど知らされておらず、ただ、同月二五日、押部の遅刻により出発が翌日に延びた後、たまたま、藤原から、密輸入の方法につき、パイナップルの植物検査の検査済シールを貼り替えてうんぬんという説明を受けたが、よくわからないから押部と相談してやってくれと答えたことがある程度であり、被告人の方から右の諸点について藤原に尋ねようとしたことも格別なかった。(例えば、六月、藤原の依頼で押部に連絡をとり、その結果両名が喫茶店で会った際も、自らはその席に加わらず、近くのマージャン屋でマージャンをしていた。)

三  以上認定の事実によると、被告人が本件けん銃等の密輸入に関して行った具体的行為のうち主なものは、(一)藤原と押部の間を取り持って両名がけん銃等密輸入の話合をする機会を作ったこと、(二)帰国後藤原から押部への連絡を取り次いだこと、(三)藤原が入手した融通手形の割引を金融業者に依頼し、その割引金を押部を介して藤原に届けたこと、(四)藤原と押部がバンコク市へ渡航するための航空券を手配したことであるところ、これらは藤原及び押部が行ったけん銃等の密輸入に対して少なからざる役割を果たしており、被告人のかかる協力によって右両名の犯行が円滑になされたことは明らかである。

しかしながら、本件けん銃等の密輸入を計画し、主導的な立場に立ってこれを積極的に推進したのは藤原であること、被告人と藤原及び押部との地位関係ないし間柄は前記認定のとおりであるところ、被告人の前記(一)ないし(四)の各行為はいずれも藤原の依頼に基づくものであり、その動機は主として同人への義理を立てることにあったのであって、本件けん銃等の密輸入計画に対する被告人の意向ないし態度は、義理である程度の協力はするが、自ら進んで積極的に関与しようとはしないというものであったと見られること(密輸入するけん銃の数量、密輸入の具体的方法、密輸入したけん銃の処分方法等について、なんら藤原に対して質問していないこと、前記のとおり融通手形の割引金の中から藤原に対する立替金をいち早く差し引いたことなどは、右密輸入計画に対する被告人の非積極的態度の現われである。)、前記(三)の資金調達面での協力に際し、被告人が自己の資金を拠出することが予定されていたか否か、裏書による法律上の責任はともかくとして事実上どの程度の危険を負担する立場にあったかは必ずしも明らかでないことなどの諸点を併せ考えると、本件においては、被告人の前記各行為によって藤原及び押部が行ったけん銃等の密輸入が円滑かつ容易になったとは言いえても、いまだ被告人において右藤原らと、右密輸入へ向けての共同意思の下に一体となって、同人らの行為を利用して自己の意思を実行に移すことを内容とする謀議を遂げたと認定することはできないものというべきである。

よって、検察官の前記主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、けん銃密輸入幇助の点は刑法六二条一項、銃砲刀剣類所持等取締法三一条二項、一項、三条の二に、けん銃用実包密輸入幇助の点は刑法六二条一項、火薬類取締法五八条四号、二四条一項(五〇条の二第一項)に、関税逋脱未遂幇助の点は刑法六二条一項、六五条一項、関税法一一〇条三項、一項一号にそれぞれ該当するが、以上は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い銃砲刀剣類所持等取締法違反幇助の罪の刑で処断することとし、その所定刑中懲役刑のみを科することとし、右は従犯であるから刑法六三条、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件けん銃等の密輸入は、暴力団幹部によって企図されたものであって、税関において発覚しなければ当然暴力団に流されたであろうと考えられ、また、その数量もけん銃二二丁及び実包三〇〇発とまことに多量に及んでいるのであって、甚だ悪質といわざるをえず、これに対する被告人の関与の度合も判示のとおり決して低くなく、更に、被告人は、長年暴力団に籍を置いて幹部の地位にあったこと、前刑の執行猶予期間中に本件犯行を敢行したものであることを併せ考慮すれば、その刑責は重いというべきであるが、被告人が本件幇助行為に及んだのは、暴力団内部での地位が自己より高い藤原からの依頼を受け、主に同人への義理を立てるためであったこと、幸いにもけん銃等が税関で発見、押収され、暴力団等に流出することが未然に防がれたことなど被告人に有利な事情も認められるので、これらの情状を彼此検討して、主文掲記の刑が相当と判断した。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 齋藤隆 稻葉一人)

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